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  西谷聖書集会
日本キリスト改革派伊丹教会伝道所
2003年12月7日待降節第2主日、ウイリアム・モーア先生のお話
ルカによる福音書4章16:イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。
17:預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。
18:「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、
/主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、
/捕らわれている人に解放を、
/目の見えない人に視力の回復を告げ、
/圧迫されている人を自由にし、
19:主の恵みの年を告げるためである。」
20:イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。
21:そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。

(旧約聖書)イザヤ書61章1〜3
◆貧しい者への福音
1:主はわたしに油を注ぎ/主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして/貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み/捕らわれ人には自由を/つながれている人には解放を告知させるために。
2:主が恵みをお与えになる年/わたしたちの神が報復される日を告知して/嘆いている人々を慰め 3:シオンのゆえに嘆いている人々に/灰に代えて冠をかぶらせ/嘆きに代えて喜びの香油を/暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために。彼らは主が輝きを現すために植えられた/正義の樫の木と呼ばれる。
イエス・キリストによる神のみ言葉(預言)の実現
歳月は本当に速いですね。
先週からアドベントの季節に入り、もうすぐクリスマスをまた迎える事が出来ます。私は小さい時、一年中クリスマスを楽しみに待っていました。そしてク、リスマスが来るのは非常に遅いと思っていたので、いつも母に「クリスマスまで後、何日が残ってる」としつこく聞きました。今は、あっと言う間にクリスマスは毎年毎年、次々とやって来る気がします。年を少しとると、そう言う現象が起こって来ると聞いております。

 このように、毎年毎年やって来るクリスマスを私たちはどうして今年もまた覚え祝う必要があるのでしょうか。そうです。皆さんもよく存じているように、2003年前に、その初めのクリスマスに、世界の歴史の中の一番重要な出来事が起こったからです。
                                                                                                      その日に、イエス・キリストを通して唯一の全能の神がこの世にいらして下さって、人間の肉体を取って、私たちと共に住まれました。
 でも、イエス・キリストは何の為にこの世にいらっしやいましたか。もちろん、私たちの永遠の救いの為に来ました。

けれども、今日、もう少し具体的にイエス・キリストの御降誕の目的を学びたいと思います。 
イエス・キリストが遣わされた、その目的を覚える事によって、クリスマスの恵みを新たに経験したいと思います。

それでは、イエス・キリストが言われた御言葉からその目的を学んで見ましょう.




貧しい人に福音を告げ知らせるために
 
ある安息日に、イエスは御自分の故郷ナザレと言う町に留まりました。そして、小さい時からいつもと同じように安息日を守るために、シナゴーグ、すなわちユダヤ教の礼拝堂に入りました。そして、そこでイエスが役員に御言葉、すなわち聖書を朗読するように頼まれ、イザヤ書の巻き物を受け取りました。

そして、このようにお読みになりました。「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせる為に、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕われている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げる為である」。朗読を終えてから、イエスは巻き物を巻いて係りの者に渡して、会堂の習慣に従ってその聖句についてお話を始められました。

皆はイエスの説教を楽しみに待っていました。この新しい先生はどんなお話をするのかを皆が聞きたがっていました。そこで、イエスが驚くべき事を宣言なさいました。

「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にした時、実現した」。会堂にいる人々皆はその聖句に書いてある「わたし」とは誰かが良く分かりました。それはメシヤ、すなわち、長く待ち続けていた神からのイスラエルの救い主でした。すなわち、イエスは御自分が神からの救い主と言われました。イエスのこの一小節の説教はとても短いですけれども、力強く、御自分の役割と働きの内容を説明して下さいました。

何百年も前に記されたそのイザヤ書の預言は自分自身の事であるとはっきり宣言なさいました。
「聖書のこの聖句は今日、私自身に実現しました」と迷わずに言われました。
 
その実現された御言葉を見てみましょう。

「貧しい人に福音を告げ知らせる」為にイエス・キリストが神によってこの世に遣わされましたと記されています。この世の中には貧しい人々は福音、すなわち良い知らせを聞く機会があんまりありません。普通は悪い事しか聞こえて来ません。
簡単な例ですが、ホームレスの人はどんな良い知らせが聞こえるのでしょうか。回りから無視され、人から優しい言葉もかからなく、悪い事をしなくても皆から迷惑だと決めつけられます。実は、歓迎される所がありません。そして、外で暮らしているので、寒い天気の予報は本当に悪いニュースになります.

イエスはホームレスのような人に福音を述べ伝える為にこの世にいらして下さいました。

その良いお知らせとは何でしょうか。
神の目から見ると、人間すべては同じです。人間皆は神の愛された被造物なので、神は人をかたより見ないお方です。
そして、神はすべての人の天の父なる神なので、わたしたち人間全ては兄弟姉妹になります。

また、人間の価値や威厳は人からではなくて、神によって決められた事です。その上、御自分の独り子イエス・キリストをお与えになった程に、神は貧しい人と金持ちを同じく愛されます。

貧しい人がその良い知らせを聞く時、イエス・キリストは今も働い
ておられます。イエスはそのような御業を行なう為にこの世にいして下さいました。

 主は、ここにもう一つの意味も言われたと思います。貧しいとか、金持ちのような事だけではなく、貧しいと言うのは、心の貧しい人も含まれています。主イエスは心の貧しい人々にも福音を述べ伝えに来ました。
イエスの御言葉を覚えていますね。
「心の貧しい人達は幸いである、天国は彼等のものである」と聖
書には記されています(マタイ5:3)。 

神と隣人に対する自分の罪を十分自覚する人々に、イエスは素晴らしい良いお知らせになります。主イエスの十字架の贖いのお陰で罪の力が壊されてしまいました。特に、自分の罪で悩んでいる人にとって、それは非常に良いお知らせです。神との交わりを経験しますので、今も「天国は彼等のものです」。 

心の貧しい人はその良いお知らせを聞く時、イエス・キリストは働いておられます。イエス様はそのような御業を行なう為に、この世にいらっしやいました。
                  
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