診療案内
スタッフ紹介
院内案内
医院概要(アクセス)
リンク
お問い合わ




治療方針
治療内容

西谷聖書集会
西谷集会写真集
使徒信条の学びシリーズ
十戒の学び

神戸医学校
永遠の命とは
イスラエルの回復
聖徳太子とイエス・キリスト
近藤診療所事始
院長の趣味

西谷聖書集会
日本キリスト改革派伊丹教会伝道所

子供のようにクリスマスを

ウイリアム・モーア

2006.12.24

 

ルカによる福音書2章1−20

 

【最初のクリスマス】

皆さん、メリークリスマス!私達は大きな喜びを持って、この世の唯一の希望、私達の救い主、イエス・キリストの御降誕をお祝い致します。

2006年前にマリアと言う乙女が全能の神の独り子をベツレヘムと言う町にある馬小屋でお産みになりました。宿屋には彼らの泊る場所がなかった為、マリアはその御子を布にくるんで飼い葉桶に寝かせた、と聖書に記されています。万物の造り主で永遠の神は自ら進んで非常に低くなり、この世に下って、人間として私達と共に宿りました。そして、主は、「神の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」と書いてあります。ですから、クリスマスは非常に大切な記念日になります。唯一の神が天から下って人間の赤ちゃんの姿でこの世に入るのは決して普通の事ではありません。歴史上、その最も素晴らしい出来事を通して神は私達に対する御自分の驚くべき愛を具体的に表されました。

 

愛する兄弟姉妹、私達は救い主である、神の御子の誕生の記念日をどういうふうに祝うべきでしょうか。この世の人々は色々なかたちでクリスマスを迎えようとしていますが、恐らく、私達は今年、幼子のようにクリスマスを迎え祝いたいのです。

そして幼子のようにクリスマスを迎え祝う事によって神の恵みと祝福をより豊かに受けたいと思います。

 

先程読ませて頂いた聖書の箇所はクリスマス•ストーリーです。その中に「初めての子」と「乳飲み子」と言う表現が見られます。神は御自分の全ての栄光と力ある姿で私達に現れる事が十分お出来になりました。しかし、主はわざわざ防御出来ない人間の赤ちゃんとしてこの世に下りました。全能の神が御自分の全勢で私達に現れたら皆は恐れる事でしょう。その故に皆が見た事がある可愛らしい赤ちゃんの姿で私達の世に現れて下さいました。

 

ですから、幼な子が現れないうちはクリスマスの出来事が不可能のように、私達は子供のようにならないと、クリスマスを豊かに祝う事が出来ません。主イエスはこのように言われました。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入る事は出来ない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国で一番偉いのだ。」(マタイ18:3−4)

 

今年のクリスマスを祝う私達は幼な子のように幼な子であったイエスから学ぶ必要があります。そうすると、私達はその幼な子であった主イエス・キリストの証人になります。そうすると今年のクリスマスとこれから来る全てのクリスマスを心から祝う事が出来、大きな恵みと祝福になります。

 

【子ども専用の公園】

アメリカのシカゴ市に一つのユニークな公園があります。と言うのは、その公園の子供遊び場の唯一の入り口は小さな低い門です。そして、その門は鍵穴の形で作られています。遊び場の入場条件は一つだけです。それはまっすぐに立てその低い門から入る事です。そのように入らないと、遊び場で遊ぶ事が許されていません。つまり、子供の低い背が入場券となります。

 

【低くならないと】

私達も低くならないとクリスマスの恵みを経験し難いです。つまり、自分を高くする人、また自分が偉いと思う人はなかなかクリスマスの本当のメセージを受け入れる事は難しいです。何故なら、クリスマスの基本的メセージと喜びは救い主であるイエス・キリストの御降臨の事だからです。従って、自分には救い主がいらないと思ったら、クリスマスの意味と喜びがあんまりありません。自分にとって祝う事が別にないからです。その反面、子供のように自分を低くし、子供のように自分の弱さを認め、心を開く人には、神からのクリスマスの恵み、主イエスの救いの恵みを受け入れられます。素直にこのように祈ることができます。「神様、私には救い主がいります。あなたに対して、そして、周りの人に対しても罪を犯します。あなたが教えた正しい道よりも私が決めたわがままな道を歩みがちです。どんなに努力しても自分自身の力では決して良くなりません。どうか主イエス・キリストを通して私を赦し救って下さい。そして、今後、あなたを信じ頼る事が出来るように信仰を与えて下さい。」このような祈りが出来たら大きな喜びを持ってクリスマスを心から祝う事が出来ます。

 

愛する兄弟姉妹、一年を終わろうとしている今、何か重荷を負っていますか。恐れや悲しみや恥や寂しさなどを感じていますか。いくら決心しても天使達が告げた「救い主がお生まれになった」と言う最も素晴らし喜びを感じられなくなりましたか。そうであるなら、私達は子供から学ぶ事があります。その子供は六歳で、名前はベッキーです。

 

【ベッキーちゃん】

ベッキーちゃんはあんまり喜ぶ事がありませんでした。お父さんはドラッグを常用し、家にいる時間が少なかったです。そして、家にいる間、いつもお母さんと喧嘩して、怒鳴り合いばっかりでした。その時、ベッキーちゃんは恐れて自分の部屋に入り、ずっと身を隠しました。

 

ところで、ベッキーちゃんの唯一の楽しみは日曜学校でした。特に、毎年のクリスマス劇の練習が大好きでした。話す事は苦手で、彼女はいつも羊の役をしました。ある日曜日、練習が終わってもベッキーちゃんは講堂に残っていました。他の生徒達皆が教室に戻ると先生は心配してベッキーちゃんを探しにきました。そして、講堂に入るとその子をすぐ見つけました。ベッキーちゃんは劇の飼い葉桶のすぐ側に座り、赤ちゃんイエスの人形を優しく抱いていました。そして、このように歌いました。「主われを愛し、主は強ければ、われ弱くとも恐れはあらじ。わが主イエス、わが主イエス、わが主イエス、われを愛す。」

 

ベッキーちゃんは悲しみと恐れの中にいても、大きな喜びと慰めを知る事が出来ました。愛する兄弟姉妹、 私達の弱さと悲しみの答えもその同じ主イエスにあります。その為に私達はクリスマスを心から祝います。ベッキーちゃんのような信仰を持っていますか。クリスマスに子供のように、飼い葉桶に寝ている乳飲み子イエス・キリストを眺める心がありますか。心を入れ替えて子供のように天の国を受ける人は、きっとその国に入ります。

 

大きな喜びを持ってクリスマスを祝う為、子供のような信仰を抱かなければなりません。更に、クリスマスを正しく祝うためには、私達はその飼い葉桶に寝ている乳飲み子から学ばなければなりません。その光景を見ると、寝ている赤ちゃんは人間でありながら実際に同時に永遠の神である事も忘れがちですが、天使の声、「あなたがたの為に救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」を聞くと、イエス・キリストの神格が悟らされます。

 

【子どものように】

聖書には子供達が神に用いられた事は珍しくはありません。旧約聖書にイスラエル人の少女がライ病をわずらっていたアラム国の軍司令官に神の癒す力を知らせました。(列王記下5)

 

そして、新約聖書には主イエスは一人の子供を呼び寄せてその子を通して弟子達に謙遜の重要性を教えられました。また、イエスは子供が持って来たパンと魚を持って5千人の群衆を食べさせました。そして、神は御子イエス・キリストを通して御自分をはっきりと啓示して下さいました。その子は旧約聖書の預言を成就しました。「ひとりのみどりごが私たちの為に生まれた。ひとりの男の子が私たちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。」(イザヤ9:5)そして、「ひとりのみどりご」を通して神こそが御自分を現す事が出来ると信じる人に神は自分の事を啓示して下さいます。

 

【信じるなら】

羊飼い達はその事を信じて、すぐベツレヘムへ行って、自分の目で救い主を見る事が出来ました。同じように占星学者達がキリストの星を見て、遠い国からその星に導かれ、やっと主イエスの所に着いた時、ひれ伏して、幼な子を拝みました。確かに、クリスマスを心から祝おうとしたら、 私達もその飼い葉桶に寝ている乳飲み子を唯一の全能の神として認めるべきです。

 

【私たちはクリスマスの証人】

最後に、クリスマスを本当に祝う人はその乳飲み子の証人になります。自然にその最も良いお知らせを分かち合いたい気持ちになります。今日の聖書の個所には「羊飼い達は、この幼子について天使が話してくれた事を人々に知らせた」と書いてあります。私達は羊飼い達を模範として、周りの人々にイエス・キリストの恵みを分かち合っていますか。

 

 

【いつも寝る前に祈る】

ある少女が難しい手術を受けなければなりませんでした。麻酔をかける前に医師が、「病気を治す為、あなたを寝かさなければなりません」と言いました。すると彼女は、「寝るんだったら、先ず私はいつものように祈りたい」と言って、目を閉じこのように祈りました。「神様、今から寝ようとします。どうぞ私の魂を守って下さい。もし起きる前に死んだら、どうか私の魂を受け入れて下さい。主イエスのお名前を通して祈ります。アーメン。」その医師は後でこのように言いました。「私はその晩、30年ぶりに心から神に祈る事が出来ました。」幼子のように主イエスの愛と恵みの証を立てるなら私達は心からクリスマスを祝う事が出来ます。「ダビデの町で、あなたがたの為に救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」

 

【帰って行った】

非常に意味深い事だと思いますが、羊飼い達は幼子イエス・キリストを訪ねてから、「神をあがめ、賛美しながら帰って行った」と記されています。つまり、その場に留まるのではなく、彼らは自分たちの羊のところに帰りました。そうしないと羊は飢え、迷ってしまいます。愛する兄弟姉妹、今日この場でクリスマスを祝って恵みと祝福を受け、家へ帰ります。それぞれの家と近所と職場に帰ると、そこに救い主である幼子イエス・キリストの最も素晴らしいお知らせが何よりも必要であります。多くの人々はその福音を待っています。彼らの為にお生まれになった救い主の事を知らせて見ませんか。そうすると、今年のクリスマスは本当にメリークリスマスになります。(おわり)             

 

          

 

  

 

 


COPYRIGHT(C)2003-2005 近藤診療所 ALL RIGHTS RESERVED.