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日本キリスト改革派伊丹教会伝道所

私達の弁護者

ウイリアム・モーア

2007.3.18

 

聖書:ヨハネの手紙一2章1−6節

 

 

【高価なシガーに保険を掛けたずる賢い弁護士】

 アメリカで実際に起こった事件です。ある弁護士が一箱の非常に高価なシガー、すなわち葉巻を購入しました。ちょっと信じがたいですが、その24本の葉巻を手に入れる為に1万五千ドル(約170万円)程の代金を支払いました。あんまり高かったので弁護士はそのシガーに火災保険をかけました。そして、彼は一ヶ月以内でその24本の高価なシガーを全部吸ってしまいました。そうすると、彼は保険会社に対して要求を起こしました。葉巻が一連の小さい火事で焼けてしまったと弁護士は主張しました。保険会社は弁護士が通常のようにシガーを消費したともちろん支払いを拒否したのです。しかし、弁護士はその判断を受け入れなかった為、保険会社に対して訴訟を起こしました。そして、驚くことに彼は勝ちました。裁判管は原告の主張が軽薄であると保険会社に同意しました。しかし、保険の契約書にはどのような火事は当たらないと言う事が詳しく載ってないので、残念ながら、保険会社は原告の要求を払う義務があると裁判官が述べました。その判決を受けると保険会社は弁護士にシガーの価値、1万5千ドルをちゃんと払いました。そして、保険のお陰で無料でその優れたシガーを楽しめたと弁護士は大笑いしました。

 

しかし、弁護士がその代金を受け取ると、保険会社は弁護士を裁判での証言に基づいて、すぐに放火罪で彼を逮捕させました。そして、弁護士は保険をかけられた資産を故意に燃やした罪で有罪判決を受けてしまいました。放火罪で彼は刑務所の24ヶ月と2万4千ドルの罰金を宣告されました。驚きますが、この事件は本当にあったのです。

          

【私たちの弁護者イエス・キリスト】

今日、与えられた御言葉によりますと、イエス・キリストを救い主として信じる人にはお抱えの弁護者がいます。そして、幸いにして、その弁護者は先程のストーリのような弁護士ではありません。却って、私達の弁護者は御父、つまり父なる神のもとにいらっしゃる、正しい方、主イエス・キリストこそ、そのお方です。そして、その弁護者は常に私達の味方であります、私達の為に父なる神の前で弁護して下さいます。

 

今日の個所の一節を見ますとこの御言葉があります。「私の子達よ、これらの事を書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになる為です。」キリスト者の私達は罪を憎むべきです。特に、自分自身が犯した罪を憎むはずです。実は、他の人が犯した罪は分かりやすく憎みやすいのです。特に、他の人が自分に対して犯した罪を当然憎みます。しかし、今日の御言葉が扱う罪は他の人の罪ではなく、自分自身の罪です。「これらの事を書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになる為です」と記されています。

 

私達は主イエスの贖い死によって義とされ、全く清い者のようになりましたので、その恵みの賜物に応えて、罪を憎んで、罪を犯さないように努めます。キリスト者としての相応しい生活を歩みたいのです。何よりも、私達の行動を通して神の栄光を現したいのです。しかし、弱い私達は救われても、罪を犯し続けるのです。

 

【罪を告白する使徒パウロ】

使徒パウロは福音宣教の為に大変良き働きをなさいました。宣教師としてパウロはキリストの福音を西洋に紹介しました。そして、自分が書いた手紙は新約聖書の三分の一を形成しています。誰よりも彼はイエス・キリストの恵みが分かりました。しかし、使徒パウロさえも罪を犯しました。自分の罪についてこのように告白しています。「私は肉の人であり、罪に売り渡されています。私は、自分のしている事が分かりません。自分が望む事は実行せず、却って憎んでいる事をするからです。...私は、自分の内にはつまり私の肉には、善が住んでいない事を知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行出来ないからです。私は自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。...私は何と惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれが私を救ってくれるでしょうか。私達の主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。このように、私自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。」(ローマ7章14~25)。

 

私達も使徒パウロの罪との戦いがよく分かると思います。私達も心では罪を犯したくないのですが、色んな弱さと自己中心の故に言葉において、思いにおいて、行いにおいて罪を犯し続けています。また、「心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして」神も愛しません。

 

今日の個所を書いたヨハネも悪魔の誘惑と罪の強さが分かりました。たからこそ、預言者のように「罪を犯してはならない」と私達を注意します。しかし、同時にヨハネは牧者の心を持っていました。多分彼は何回も罪の事で心を取り乱した信者の相談に乗りしました。「私は大変な罪を犯した。どうすれば良いでしょうか」と言う質問を聞いた事があると思います。ですから、御霊の導きによって、この素晴らしい慰めと励ましの言葉を書き記しました。今日の個所の一節の後半にその貴重な真理が載ってあります。「たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます。」

 

【弁護者パラクレトス】

ここでの「弁護者」と訳された単語を見ましょう。原文のギリシャ語の「パラ クレトス」となりますが、文字通りの意味は、「自分の側に呼ぶ人」です。すなわち、自分を弁護する為に、自分に代わって話して下さる為に、側にいらっしゃる方です。聖書には他の所にもこの単語パラクレトスが用いられています。ヨハネの福音書に主イエスは御自分の弟子達にこのように言われました。「私は父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにして下さる。この方は真理の霊である」とイエスが言われました。

 

【弁護者としての神の御霊】

ここでイエスが約束したパラクレトスは神の御霊です。イエス・キリストがこの世を去り、父の御許に戻っても、私達と共ににいらっしゃる為に聖霊を残して下さいます。そして、聖霊は色んな面で私達を助けます。真理を教えたり、イエスの御言葉を思い起こさせたりします。また、知恵と力を授けて慰めて下さいます。聖霊と言うパラクレトスはこの世に私達と共にいます。

 

【神の右にいます弁護者】

今日の御言葉によりますと、私達はもう一人のパラクレトス弁護者がいます。つまり、天国で父なる神の右にいます、救い主イエス・キリストが私達の為に弁護して下さいます。特に、私達は罪に陥る時、主イエスは私達の見方になり、父なる神の前に仲介して下さいます。そして、私達の弁護者として主イエスは父なる神の御前で何とおっしゃいますか。人間の弁護士のように、「私の依頼人は悪い事何もしていなかったので、無罪です」と言って下さいますか。いいえ、私達の弁護者はこのように弁護します。「間違いなく私の依頼人は有罪です。罪を犯したのは明白です。しかし、私自身は依頼人に代わって、もうすでにその罪の罰を払いましたので、赦して下さい。」そして、父なる神は御自分の御子の贖いを受け入れ、私達を心から赦して下さいます。

 

【わたしたちを神の子としてくださる】

更に、御子の贖い死のお陰で、神は御自分の子供として私達を愛し、受け入れて下さいます。全く正しい方、私達の弁護者イエス・キリストは十字架で死刑を受けてしまいました。そして、その行為によって私達は父なる神の赦しを受ける事が出来ます。今日の朗読の2節に書いた通りです。「この方こそ、私達の罪、いや、私達の罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。」主イエスは私達の罪に対する御父の怒りを取って下さったのです。

 

【母親の弁護】

人間と人間の間にも私達はそのような経験があると思います。例えば、母は子供に対して父親の怒りを吸収した事が多くあります。また、親が子供に代わって借金を返す事は珍しくはありません。そして、子供がトラブルに合うと親は弁護します。

 

約6年前に本国勤務で家族揃ってアメリカに帰りました。その時、ポールとセーラはまだ中学生で地元の中学校へ通いました。その学校の生徒達は色々な環境から来ましたので、振り返って見ると、ポールとセーラにはある面で大変だったと思います。ある日、学校の校長から電話が入りました。ポールと同級生が口喧嘩になって、相手がポールに「殺してやる」と脅しました。そして、ポールは、「死ね」と返事したんだそうです。その二人は本当に殺し合う恐れがあると思った学校は事件を大変真剣に扱いました。私はその事を聞いてあんまり良い気分ではありませんでした。どんなに脅されても、ポールがそう言う返事を返したのは信じられないと思い、ポールに失望して、学校へ行って彼を助ける事をしませんでした。今はその判断を後悔しますが、ポール自身がその問題を作ったから、自分で解決すべきだと思ったのです。その反面、家内がすぐに学校へ飛んで行って、ポールを弁護して励ましました。

 

同様に、私達は不親切な言葉を言ったり、嘘をついたり、悪い思いをしたり、高慢になって人を見下ろしたりします。その時、主イエスは父なる神の御前に飛んで、私達を弁護して下さいます。「私はもう既にその罪の罰を十字架で払いましたので、赦して下さい」と弁護します。そして、神は独り子にこうおっしゃいます。「あなたの贖いの故に、その人は義とされ、犯した罪が赦されています。そして、赦されたばかりではなく、その罪は完全に忘れられています」とおっしゃって下さいます。

 

イエス・キリストをあなたの救い主として信じ頼ると、その赦しを経験出来ます。記された通りに主イエスは「全世界の罪を償ういけにえ」になりました。イザヤ書にこの御言葉が記されています。「たとえ、お前たちの罪が緋(ひ)のようでも、雪のように白くなる事が出来る。たとえ、紅(べに)のようであっても、羊の毛のようになる事が出来る。」(イザヤ書118)これはイエス・キリストの福音、良いお知らせです。

 

天に召され、神によって完全にさせられるまで、弱さの故に私達は罪を犯します。主の助けによってその罪を戦い少なくするように努めても、全ての罪を無くすのは不可能です。しかし、天にいらっしゃる私達の弁護者のお陰で、罪を犯しても、悔い改めれば、私達は赦しを豊かに受けられます。そして、その赦しを受けた私達は常に立ち上がる事が出来、再び隣人と神に仕えることが出来ます。(おわり)

 

 

 


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