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わたしの父の家には

ウイリアム・モーア

2007.8.12

 

聖書:ヨハネによる福音書14章1−3 

 

 

【モリソン宣教師夫妻】

略100年前の事ですが、モリソンと言う宣教師御夫妻は長年のアフリカでの奉仕後、定年を迎えアメリカのニューヨークに帰る事になりました。二人の健康は衰え、年金もなかったので、モリソン御夫妻は色んな心配がありました。偶然の事ですが、彼等はアメリカの大統領セオドア•ルースヴェルトと一緒に同じ客船に乗りました。探険旅行帰りの大統領は一等スウィートルームに泊まりましたが、モリソン夫妻は薄暗い三等船室でした。大統領とその仲間はVIP待遇を受けていましたけれども、誰も宣教師達に留意しませんでした。

 

まだ航海中に、先生は奥さんにこう呟きました。「これは大変不公平ですよ。我々はアフリカで辛苦に耐えながら一生を捧げましたのに、誰一人私達の事を覚えてくれる人はいませんね。しかし、大統領はただヴァカンスから帰りだけなのに、皆は大騒ぎではありませんか。」

 

 

客船がニューヨックに着いた時、ブラスバンドが大統領を歓迎して、大勢の高位高官にある人々は出迎えに来ました。新聞も大統領の帰りを大きく取り扱いました。その反面、誰一人宣教師の帰りを気づく人はいませんでした。その二人はただカバンを持って船から降りて安いアパートを捜し回りました。それから、生活をする為に、仕事を捜そうとしたのです。

 

【わたしたちの帰るべき家】

その晩、先生は奥さんに言いました。「私はもう我慢出来ない。我々は神様によって酷い扱いを受けている。人にも主にも忘れられているような気持ちです。」奥さんは、「そう言う気持ちだったら、部屋に入って、直接に神に言った方が良いと思います」と御主人に答えました。そうすると、先生は祈りの為に部屋へ入りましたが、やがて戻った時は、態度と様子がすっかり変わりました。「どうかしましたか」と聞かれると御主人は、このように返事しました。「主は私達の問題を片付けました。私は、大統領の扱いと比べると、私達の帰りは大変不公平だと言いました。また、これからこのみすぼらしいアパートに住まなければならない事をも呟きました。そうすると、不思議に神によって悟らされました。「実は、あなた達はまだ私が準備した家に帰っていません。あなたの本当の家はこの世ではありません」と言う小さな声が聞こえました。

 

【私達の永遠の故郷:天にある父の家】

その通りです。私達の本当の家はこの世ではありません。この世での生涯は永遠と比べると、あっと言う間に終わって、愛する神が私達の為に造った家に帰ります。その家には不公平がないし、何も欠ける事がありません。そこで私達は全ての面で豊かに生きる事が出来ます。悲しみも罪も死も全くないし、大きな喜びを持って毎日を過ごします。愛する神と共に住み、心配や悩みや痛みなどは過去のものになってしまいます。ですから、天国での存在は私達の想像を遥かに超えるものなのです。

 

聖書によりますと、キリスト者は、「地上ではよそ者であり、仮住まいの者である」(ヘブライ人への手紙11:13)と書いてあります。何故なら、「私達の本国は天にあります」(フィリピの信徒への手紙3:20)と記されています。この世が決して全てではありません。これから住む世界は本当であり、私達の永遠の故郷になります。

 

【私の父の家】

主イエス・キリストは十字架の死に直面するちょっと前に弟子達を集めて天国と言う所について語りました。「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、私をも信じなさい。私の父の家には住む所が沢山ある。もしなければ、あなたがたの為に場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたの為に場所を用意したら、戻って来て、あなたがたを私のもとに迎える。こうして、私のいる所に、あなたがたもいる事になる」と約束して下さいました。

 

主イエスは、「私の父の家」と仰って、人間の死後の状態の概念を引っくり返しました。以前は、その目的地はあんまり知られてない恐ろしい所でしたが、主イエスはその所を「私の父の家」と呼ばれて、その誤った概念をすっかり壊しました。死を通してこの世を去るとイエス・キリストを信じる者は天の父なる神の素晴らしい家へ帰ります。造り主の元に戻ります。そこで喜びと光と愛に囲まれ、私達は神によって完全にさせられます。もちろん誰も罪を犯さないで、人間の堕落の前の恵まれた状態のようです。この世で受けた傷と悲しみは完全に癒され、神は私達のそれぞれの性格も清めて下さいます。

 

主イエスは復活させられてから天に昇り、そこで私達の為に場所を用意して下さいます。主イエスの時代、もちろん電話や電子メールなどがありませんでした。ですから、旅をする人々は準備を整える為、仲間か僕を目的地へ先に送りました。その人は皆の為に宿を捜し、仕事の相手との根回しをしました。そのお陰で旅はうまく行きました。実は、主イエスは十字架に掛けられる前の夜、そのように二人の弟子を、最後の晩餐の準備をするように送りました。同じように、イエス・キリストは私達の為に場所を用意するように天国へ先に帰って下さいました。ですから、私達はこの世を去って、やがて本国に帰ると、主のいる所に私達もいる事になります。

 

【救い主の降臨】

誰でも天国と言う比べられない恵みを信じたいと思います。しかし、その恵みは確かで本当である事をどのように知る事が出来るでしょうか。それは神の御言葉を通して知るのです。つまり、神御自身がその素晴らしい事実を啓示して下さいました。2000年前に天の父なる神は救い主を私達にお使わしになりました。覚えていると思いますが、神の御使いがマリアについてヨセフにこのように宣言しました。「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」

 

そして、マタイによる福音書にこの大事な御言葉が記されています。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(マタイ3:16)。主イエス・キリストの贖い死によって私達は救われ、天国の恵みはその神の救いの中の一つの素晴らしい恩恵になります。誰でも罪を悔い改め、主イエスを心から信じ受け入れると、天国での永遠の命が賜られています。ですから、私達はその神の約束を徹底的に期待出来、信じられます。ヨハネの手紙一に、御言葉についてこのように記されています。「これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ている事を悟らせたいからです。」(ヨハネの手紙一5:13)。

 

その故に主イエスを信じる者には、天国での永遠の命はただ甘い想像ではありません。それは御言葉に於ける神の約束とイエス・キリストの十字架の贖い死に基づいているので、事実であり、知る事が出来ます。ですから、私達は死と死ぬ事を恐れなくても善いのです。死を通して私達は素晴らしい本国に召され、永遠までその恩恵と栄光を楽しむ事が出来ます。

 

【人の心に思い浮かびもしなかったこと】

天国は信者の永遠の住まいになりますので、もちろん私達はその所について知りたいのです。しかし、神の御言葉は天国の全ての事を啓示して下さる訳ではありません。その理由は、天国は人間の想像を遥かに超える所です。天国の全ての事が知らせられても、私達は理解出来ません。コリントの信徒への手紙一にこの御言葉があります。「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかった事を、神は御自分を愛する者たちに準備された」と書いてあります。やはり、天国は私達の思いを遥かに超える、素晴らしい所なので、天に召されるまで、その素晴らしさを完全に分かる事が出来ません。

 

【開眼された少女】

ある女の子は生まれつきの盲人でした。そして、小さい時から彼女のお母さんは神の世の美しさを言葉で語りました。お花の色、山の高さ、星の光、海の雄大さ、雪の白さ全部を娘に説明しようとしました。娘は10歳になると、新しい目の手術を受けました。やっと包帯を目から取ると、娘は初めて見る事が出来、部屋の窓へ飛んで行って光景を見ました。そして、彼女はお母さんにこう聞きました。「どうしてこの世はこんなに美しいと言ってくれなかったの。」お母さんは、「説明しようとしたのですが、言葉ではこの世の美しさを十分解き明かす事が出来ませんでした」と答えました。天国も同じ事だと思います。言葉ではその美しさ、その素晴らしさを十分説明出来ません。

 

しかしながら、神は私達の本国についてある程度の大事な情報を啓示して下さったのです。第一に、天に召されると私達は、涙や、苦しみや、心配や、恐れや、悩みや、死なども経験しません。ヨハネの黙示録21章4にこの御言葉が記されています。「彼等の目の涙をことごとくぬぐい取って下さる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」もちろん、天国では誰も罪を犯しません。神は私達を完全にして、性格も行動も全く清くされます。

 

【天の父との完全な交わり】

天国では私達の喜びと平安も完全になります。何故なら、「父の家」では神との交わりは完璧になります。私達の罪と不信仰の故に今はその交わりは制限され、ゆがんで来ました。ですから、ある時、神は遠い所にいる気がします。又、主の存在を感じられなくなる場合もあります。しかし、天に召されると、私達の造り主と救い主を直接に見る事が出来、主御自身の愛と栄光と知恵を直接に経験出来ます。主との関係は完璧になるので、満足と平安と喜びは限られていません。

 

【私たちの新しい体】

更に、本国に帰ると神は私達に天国に相応しい新しい体を授けて下さいます。使徒パウロはコリントにある教会にその新しい体をこのように説明しました。「死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。つまり、自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活するのです。」(コリントの信徒への手紙一15:4244)私達の新しい体は病気にならないし、老化もないのです。天国の新しい環境にぴったり合うような完璧な体です。

 

【私たちの知識も完全に】

最後に、本国に着くと私達の知識は遥かにもっと豊かになります。使徒パウロは私達の知識についてこう語りました。「私達は、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見る事になる。私は、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知る事になる。」(コリントの信徒への手紙一13:12)天国に着くと天の父なる神によって私達の全ての質問が答えられ、今、不思議と思う事がやっと分かって来ます。この世での神の導きと見守りが完全に悟り、神に感謝を十分に表す事が出来ます。この世で経験された不幸と悲しみなどの意味が分かり、「全ては益となった」と心から告白出来ます。そして、神を知る程、私達の賛美と感謝が増えて豊かになります。

 

【私達の確かな希望】

これは私達の永遠の本国です。誰でもイエス・キリストを唯一の救い主として信じ、頼ると、この世の旅路が終わると、その本国に帰ります。それは忠実である神の変わらぬ約束に基づいているので、私達の確かな希望です。

 

愛する兄弟姉妹、永遠の本国の帰りを待ち望みながら、この世で大事な使命が神によって与えられました。それは愛である神の愛を持って、イエス・キリストの名前で回りの者に仕え、回りの者に神の永遠の恵みを紹介する事です。

 

そして、私達の生活を通してこれからの天国での喜びと正義を現す事です。つまり、賛美と敬虔と奉仕と愛を通して私達のこれからの永久の生涯の準備をしましょう。

 

【私たちの真の故郷】

私自身は、「どこから来ましたか」と聞かれると、答える事はちょっと難しいです。6ヶ月で両親の仕事関係で韓国へ連れられ、18歳まで異邦人として扱われました。そして進学の為アメリカへ戻りました。それから、また日本へ来てもう20年すぎました。「地上ではいつもよそ者であり、仮住まいの者である」と言う事はよく体験し分かります。ですから、「どこから来ましたか」と聞かれると、ちょっと答え難いところがあります。しかしながら、「何処へ行くのですか」と聞かれると、その答えが簡単です。それは、「やがて本国に帰ります。私の本国は天にあります。」そして、そこでは誰からも、「どこから来ましたか」と聞かれる事はありません。やっと、帰るべき父なる神の家に帰っているからです。(おわり)

    


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