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幼子イエスに出会ったシメオンとアンナ

ウイリアム・モーア

2007.12.30

 

ルカによる福音書2章22−40

 

 

2007年のクリスマスはもう終わりました。先週まで何所へ行っても聞こえて来たクリスマスキャロルは聞こえて来ません。クリスマスの飾りは来年の為にもう物置きに納められています。子供達は既に憧れたクリスマスプレゼントを忘れ、来年に頂きたい物を考えています。あっと言う間にクリスマスが終わってしまい、お正月と故郷帰りの準備で皆はばたばたしています。

 

【幼子イエスのお宮参り】

同じように、2007年前に、最初のクリスマスが済んでから、幼子イエスの両親、マリアとヨセフは忙しくなりました。しかし、それはお正月と親戚の訪問の為ではありません。実は、大事な宗教上の儀式を行わなければなりませんでした。それは長子イエスをエルサレムの神殿へ連れて、ユダヤ教の掟に従ってその子を神に献げる事です。旧約聖書の律法によりますと、「人であれ、家畜であれ、主にささげられる生き物の初子はすべて、あなたのものとなる。ただし、人の初子は必ず贖わねばならない。また、汚れた家畜の初子も贖わねばならない。初子は、生後一ヶ月を経た後、銀5シェケル、つまり1シェケル当たり20ゲラの聖所シェケルの贖い金を支払う。」(民数記18:1516

 

【母マリアの産後の清め】

全てのものは元々神のものである事を人々に悟らせる為、この儀式があったのです。長子さえも神に献げましたけれども、神殿への献金で両親はその子を贖いました。同時に聖家族は他の儀式も行いました。それはイエスの出産後の母マリアの清めです。生け贄を捧げて、その律法上の要求に応じました。  

 

【神殿での出会い】

昔からの儀式を行う為にマリアとヨセフと幼子イエスが神殿へ参りましたが、神様はもっと大きな目的があったのです。と言うのは、聖家族は神殿で二人の方と出会いました。しかし、その出会いは決して偶然ではありませんでした。神は聖家族とその二人をわざわざ合わせて下さいました。何故なら、その出会いを通して神は主イエスの役割と存在を私達にはっきりと啓示されるのです。

 

マリアとヨセフと赤ちゃんイエスは神殿で儀式を行った時、シメオンと言う方が大喜びで近寄って来ました。今日与えられた個所に記されていますが、シメオンは都エルサレムに住んで、正しい人で信仰があつく、聖霊が彼にとどまっていました。聖家族にとってシメオンは赤の他人でしたが、シメオンは彼等をよく知りました。実は、シメオンは長い間その出会いを期待したのです。彼は、「イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた」と記されています。さらに、聖霊は高齢のシメオンに、「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない」と約束したのです。

 

【イスラエルの慰められるとき】

シメオンは、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいましたが、それはどう言う意味でしょうか。実は、その時代、シメオンの国イスラエルとその住民の状態はあんまり良いではありませんでした。イスラエルはローマ帝国の植民地になってしまい、国を裏切ったローマの協力者、冷酷なヘロデ王政権で色んな面で苦しめられました。経済的と政治的悩みが山程でした。その上、それは特に霊的に難しい時代でした。長い間、預言者を通して神からのメセージがなかったのです。数百年前に主が救い主を約束されましたが、その方はなかなか現れませんでした。本当にいらっしゃるなら、このもっとも難しい時代こそ来るべきだと思った多くのユダヤ人は絶望の限界でした。

 

【老シメオン】

しかし、シメオンは神の約束を徹底的に信じ、続けて救い主を切に待ち望んでいました。そして、神はその信仰を認めて、報いとして、シメオンに「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない」とのお告げを聖霊から受けていました。

 

シメオンはイスラエルの慰められるのを待ち望んでいました。彼は長く苦しめられた民は何よりも神からの慰めが必要であると信じたのです。その当時、期待された救い主の一つの名前は「慰める者」でした。恐らくその理由はイザヤ書40章に記された預言でした。「慰めよ、私の民を慰めようと、あなた達の神は言われる。エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼び掛けよ、苦役(くえき)の時は今や満ち、彼女の咎(とガ)は償われた、と。罪の全てに倍する報いを主の御手から受けた、と。」(イザヤ書40:12

 

【今日のわたしたちも慰めを求める】

神に頼り、信仰を持ったシメオンのようなイスラエル人は慰めて下さる救い主に何よりも希望を持って待っていました。

 

大昔のイスラエル人だけではなく、現在に住む全人類、私達一人一人を含めて、慰めを求めています。寂しさや、不安定や、空しさや絶望などと争っている者が数えきれません。慰めを得る為に探しています。しかし、そのニーズを満たすのに、多くの場合、間違えたところに間違えたものを掴んで、ついにもっと惨めになってしまいます。本当に慰めてくれないもの、心を満たしてくれないものは当然そう言う状態に至るのです。

 

【シメオンが待ち望んだ真の慰め】

シメオンは真の慰めをもたらす者を待って、その慰めは彼を欺くことがありませんでした。 シメオンは丁度聖家族が神殿にこられた時、 聖霊によって導かれ、彼等を迎いに行きました。神殿の境内に入って来た時、不思議に大勢の中のマリアとヨセフと幼子イエスがたちまちに分かりました。そして、彼は幼子を両親から取って、腕に抱き、神を讃えて言われました。「主よ、いまこそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせて下さいます。私はこの目であなたの救いを見たからです。これは万民の為に整えて下さった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」

 

 

 

このシメオンの讃美を通して私達は彼の喜びが十分分かります。長く待ち望んだ慰めと救いがやっと自分の目で確かめる事が出来ました。神様は本当に御自分の約束を果たすお方であると確認したのです。その幼子はユダヤの民族だけではなく、全人類の救いと慰めになるので、シメオンは比べられない程の喜べを経験しました。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせて下さいます」と言える事が出来ました。つまり、神の約束をやっと自分の目で見たので、安心と喜びを持って、この世を去る事が出来るとシメオンは言いました。

 

愛する兄弟姉妹達、主イエス・キリストは丁度私達に必要な事を常に備えて下さいます。私達と共にいて下さり、慰めと救いを豊かに日々賜って下さいます。「あなたがたに平和があるように」と「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と約束して下さいます。

 

【女預言者アンナ】

聖家族はシメオンだけではなく、神は不思議に神殿でもう一人の方を彼等と会わせました。その方はアンナという預言者でした。彼女も高齢者で、若い時未亡人になってから、ずっと84歳まで神殿の奉仕をしていました。「彼女は神殿を離れず、断食したり、祈ったりして、夜も昼も神に仕えていた」と記されています。彼女も聖家族を見ると、すぐに幼子イエスを認めました。アンナは「イエスに近付いて来て神を讃美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子の事を話した」と書いてあります。

 

預言者アンナは長い間エルサレムの救いを待ち望んでいました。そして、その救い主イエスを見ると大喜びで、シメオンと同様に神を讃美しました。アンナが待ち望んだ「エルサレムの救い」はどう言うものでしたか。

 

ある意味で、イスラエルはローマ帝国の奴隷になりました。自由が奪われ、遠いローマにいる皇帝の命令に従わなければなりませんでした。皇帝の命令でマリアとヨセフは登録する為、無理にナザレからベツレヘムまで行かなければなりませんでした。マリアは身ごもっていたのに、命令に従わされ、旅途中で出産しなければなりませんでした。アンナはそのような圧迫からの救いを待ち望んでいたと思いますが、その上に、罪からの救いをも求めていたのです。彼女は罪の力からの解放を待ち望んでいました。そして、やがて主イエスは御自分の十字架の贖い死を通して罪の力を壊し、主を信じる者の為に罪の赦しを授けて下さったのです。

 

【神の赦し、神の子、永遠の命】

神の赦しを頂くと、誰でも神の子供になり永遠の命も賜られています。悔い改めれば、主は私達の全ての罪を帳消し、新しい出発を与えて下さいます。

 

シメオンとアンナは主イエスにやっと会った時、その二人の全ての希望が叶えられました。私達も同じです。主イエス・キリストを心からあなたの救い主として受け入れると、シメオンとアンナが経験した喜びと平安はあなたのものもなります。

 

【わが子の肖像画を落札した者に】

あるお金持ちの美術愛好家が、息子と共に素晴らしい作品を収集しました。自分の屋敷の壁にピカソやヴァン•ゴッホなどのような一流作品が沢山掛けていました。青年になった時、国が戦争に入り、息子が徴兵されてしまいました。時間があんまり経たないうちに息子は外国へ行かされ、ついに戦場で戦死してしまいました。お父さんはその事を聞いて、悲しみに沈んで、嘆きのあんまり頭がおかしくなりました。

 

ある日、誰かが訪ねて来ました。ドアを開けると、大きな包みを持って若い兵士の姿がいました。そして、「お話があります」と言いました。兵士が家に入るとこのように言いました。「僕はあなたの息子の友人でした。実は、息子さんが亡くなった時、彼は戦傷者になった私を救っているところでした。私は画家ですので、少しでも感謝を現す為、息子さんの肖像を描き、それをプレゼントしたいのです」と言いながら持って来たプレゼントを広げました。そこには息子の絵がありました。 その絵は決して腕の優れた物ではなかったが、自分の息子の絵だから、大事に居間の壁に掛けました。お父さんはその絵を見る程に、好んで、ついに自分の素晴らしいコレクションの中、一番好きな物になりました。彼は毎日息子の絵を見て、その思い出にふけました。

 

【父の遺言】

やがて、お父さんが亡くなり、彼の遺言に書いた通りに美術のコレクションを競売で処分する事になりました。美術界がそのオークションを楽しみに待っていました。世界中からコレクターさんと業者が集まって、有名な絵を手に入れようとしました。

 

 

しかし、誰も一番最初に出た絵を見た事がありませんでした。他の絵と比べるとその絵は未熟で、価値がなかったのです。実はその作品は主人の息子の絵でした。競売人が、「誰がこの絵の値をつけますか」と聞くと皆が黙りました。そして、ある業者が言いました。「あのへたくそな絵を取り除いてちょうだい。それはただアマチュアが描いた主人の息子の絵だ。良い作品を速く出してくれ。」競売人が返事ました。「主人の遺言によりますと、息子の絵を先ず売らなければなりません。そうしないと、この競売が進めない。」

 

やっと、近所の者が言いました。「私はその息子を知っていました。彼は国と友人の為に命を無くしましたので、私はその絵を買います。10ドルを払います。」

 

【競売は終りました】

競売人は、「ありがとうございます。息子の絵はお客様の物になりました」と言うと、皆がそれからの競売を待ちました。しかし、競売人は皆を見てこう発表しました。「競売は終わります。」そうすると、誰かが、「どう言う意味ですか。私達はへたくそ息子の絵の為に来たんじゃない。ピカソとヴァン•ゴッホの作品を出しなさい。」

 

競売人が言いました。「それは出来ません。お父さんの遺言にはっきりと書いてあります。『息子を取る者が作品全品を得られます。 息子の絵を取った者が作品全品を頂く事になります。』」

 

【御子イエス・キリストを受け入れる】

シメオンとアンナは神の御子イエス・キリストを心から受け入れました。そして、御子を受けいれた彼等は父なる神から全ての恵みと祝福を与えられました。どうか私達も、一人も残らず神の御子イエス・キリストを受け入れ、信仰を現す事によって神から全ての恵みと祝福を賜られるようにお祈りします。(おわり)

 

 

 


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