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日本キリスト改革派伊丹教会伝道所

御名を知る人

ウイリアム・モーア

2008.7.13

 

詩編9:1−21

  1:【指揮者によって。ムトラベンに/合わせて。賛歌。ダビデの詩。】

  2:わたしは心を尽くして主に感謝をささげ/驚くべき御業をすべて語り伝えよう。3:いと高き神よ、わたしは喜び、誇り/御名をほめ歌おう。4:御顔を向けられて敵は退き/倒れて、滅び去った。5:あなたは御座に就き、正しく裁き/わたしの訴えを取り上げて裁いてくださる。6:異邦の民を叱咤し、逆らう者を滅ぼし/その名を世々限りなく消し去られる。7:敵はすべて滅び、永遠の廃虚が残り/あなたに滅ぼされた町々の記憶も消え去った。8:主は裁きのために御座を固く据え/とこしえに御座に着いておられ    る。9:御自ら世界を正しく治め/国々の民を公平に裁かれる。10:虐げられている人に/主が砦の塔となってくださるように/苦難の時の砦の塔となってくださるように。

 

11:主よ、御名を知る人はあなたに依り頼む。あなたを尋ね求める人は見捨てられることがない。12:シオンにいます主をほめ歌い/諸国の民に御業を告げ知らせよ。13:主は流された血に心を留めて/それに報いてくださる。貧しい人の叫びをお忘れになることはない。14:憐れんでください、主よ/死の門からわたしを引き上げてくださる方よ。御覧ください/わたしを憎む者がわたしを苦しめているのを。

 15:おとめシオンの城門で/あなたの賛美をひとつひとつ物語り/御救いに喜び躍ることができますように。16:異邦の民は自ら掘った穴に落ち/隠して張った網に足をとられる。17:主が現れて裁きをされるとき/逆らう者は/自分の手が仕掛けた罠にかかり〔ヒガヨン・セラ

 18:神に逆らう者、神を忘れる者/異邦の民はことごとく、陰府に退く。

19:乏しい人は永遠に忘れられることなく/貧しい人の希望は決して失われない。20:立ち上がってください、主よ。人間が思い上がるのを許さず/御顔を向けて異邦の民を裁いてください。

 21:主よ、異邦の民を恐れさせ/思い知らせてください/彼らが人間にすぎないことを。〔セラ

 

 

【あるインデアンの成人式】

昔のアメリカインデアンのある部族には青年の訓練の独特のやり方がありました。先ず、13歳位になる青年達は一人前になる為にその父親はもちろん、部族の長老達によって色んな技術を教えてもらいました。魚釣り、狩猟、乗馬、弓術などのような必要な事をしっかり訓練させられました。そして、最後には青年達は試練を受けなければなりませんでした。それは独りで森林の中で一夜を過ごす事です。その時点まで青年はいつも家族の保護に囲まれ、部族から離れた事が一度もありませんでした。しかし、試練の夜、彼は目隠しされ、深い森の中の知らない所へ案内されました。そして、「暫く目隠しを取ってはいけない」と注意されてから、案内する人が去ってしまいました。言うまでもないが、青年は目隠しを外した時、恐れを感じました。暗い夜に色んな不気味な音が聞こえました。そして、その全ての音は襲って来る野獣の現れだと想像したのです。寂しくなってどうしても家に帰りたかったのです。更に、夜の寒さを感じると、震えました。眠る事が出来なくて、地面に座り泣きたいのを我慢し、声も出さず息を抑えて、ただじっとするしかなかったのです。

 

【朝になって】

永遠のような長い一晩がやっと終わりに近づきました。木と草とお花も見えてきました。廻りが少しずつ見え始めました。そして、もっと驚いたのは四、五メートル離れた所に弓と矢を持つ男の人の姿がぼんやり現れました。 一見びっくりして再び林の中に隠れましたが、もう少し見ると何処かで見かけた人でした。よく見るとその人は自分の父親である事が分かりました。 父親はずっとその晩、静かに自分の子供の側にいて見守っていたのです。

        

【ダビデの試練の時】

今日の御言葉を書いた人物、ダビデは試練を受けた青年のように様々な災いと危機を経験しましたけれども、一つの大きな違いがあったのです。ダビデの不動の信仰の為に父なる神が直ぐ側にいて、見守り続けている事が十分に分かりました。その目には見えない神の存在を信じ、どんな事があっても徹底的に主に頼りました。ですから、ダビデはインデアンの青年と違って恐れませんでした。時が良くても悪くても、最後まで勇気と希望を持って何でも耐えて、模範的な信仰の生活を歩みました。

 

【詩編第9篇に学ぶ】

今日与えられた詩編第9篇はダビデの信仰を豊かに現しています。そして、その信仰を学ぶ私達はダビデと同様に主に頼り、悲しい時、病気の時、困難の時、失望の時も、負けずに、主から新たな力と希望を得て、勝利の道を歩く事が出来ます。預言者イザヤが言われた通りです。「若者もうみ、疲れ、勇士もつまずき倒れようが、主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ40:3031)

【主に賛美】

さて、今日の御言葉を初めから学びましょう。信仰の模範を示すダビデは先ず主を賛美しました。2節と3節を読みます。「わたしは心を尽くして主に感謝をささげ、驚くべき御業をすべて語り伝えよう。いと高き神よ、わたしは喜び、誇り、御名をほめ歌おう。」

 

全ての詩編を調べると多くは神への賛美を含みます。何故なら、賛美を通して信者は自分の為の神の恵みと保護、主の愛と慈しみを覚えます。詩編9編にダビデはおもに自分の敵からのお守りの為に神に賛美しました。4節と5節を見ますとこう記されています。「御顔を向けられて敵は退き、倒れて、滅び去った。あなたは御座に就き、正しく裁き、わたしの訴えを取り上げて裁いて下さる。」

 

【ダビデの敵】

勇士として、国王としてダビデは敵が沢山ありました。国外の敵と国内の敵も、自分の家族の者さえも彼を倒そうとしました。しかし、不思議に愛する神はいつもダビデを守り、困難の時助けて下さいました。命が危ない時、困っている時、どうしようもない時も、父なる神はすぐ側に立ってずっと見守って下さいました。そういう奇跡のような経験が沢山ありましたから、ダビデは常に神に賛美しました。「全能の神は私を愛する、保護して下さる味方です。私の敵を困らせて、無力にさせて下さいます」と信じました。その神の経験があったダビデは黙ってはいられませんでした。「わたしは心を尽くして主に感謝をささげ、驚くべき御業をすべて語り伝えよう。いと高き神よ、わたしは喜び、誇り、御名をほめ歌おう」と主を賛美しました。

        

【神の恵みと御業を忘れやすい人間】

同じように私達も神の恵みと御業を覚える必要があります。私達はどうでしょう。人の親切や優しい心をいつまでも覚える事が出来るでしょうか。日々が経つといつの間にかすっかり忘れてしまうのです。例えば何かの問題があって困ると祈って、祈って神の助けを求めます。そして、やっと助けられると大喜びします。

 

しかし、月日が経つと、自分の為の神の御業の覚えが薄くなり、あるいは、実際にその助けは主のお陰だとの思いが記憶も薄れて来て、やはり自分が頑張ったからだと思い返すのです。愛する兄弟姉妹、そうしてはいけません。何故なら、神の恵みを忘れると、信仰が薄くなり、主の見守りを信じられなくなります。

 

実は、過去にある神の助けと御臨在の経験によって、現在と将来に、変わらぬ主の恵みと祝福を信じる事が出来ます。賛美を通してダビデは自分を救って下さった神の御業を覚え、信仰を持って積極的に将来に進む事が出来ました。信仰の大先輩ダビデは過去にある神の恵みと救いを常に覚えましたので、トラブルとチャレンジの中にいても、その同じ神の助けを心から信じ、決して失望しませんでした。

        

【宗教改革者ルーテル】

先程私達は宗教改革者マーテン•ルーテルが作詞した讃美歌267番を一緒に賛美しました。改革者としてルーテルは色んな戦いを経験しました。真の信仰を守る為に力強い敵が出来、彼の命を奪う者が少なくありませんでした。しかし、讃美歌267番を作詞したルーテルはいつも神の力と助けの経験を覚え、勇気を持って恐れずに神から与えられた使命を果たす事が出来ました。もう一度讃美歌267番の歌詞を聞いて下さい。

 

神はわがやぐら、わがつよき盾、

苦しめるときの近きたすけぞ。

おのが力 おのが知恵をたのみとせる

よみのおさも などおそるべき。

 

いかに強くとも いかでか頼まん、

やがてはくつべき 人のちからを。

われと共に 戦いたもう イエス君こそ

万軍の主なる あまつ大神。

 

讃美歌267番のような讃美歌を心から歌うと、過去にあった神の恵みと助けを思い出し、ダビデのように私達の信仰が強くなり、将来にも主の助けと御臨在に徹底的に頼る事が出来ます。

        

【神の主権】

詩編第9編で現すダビデの信仰からもう一つの大事な事を覚えます。彼は神の主権を疑わずに信じたのです。つまり、この世を治める、支配するお方は人間ではなく、神こそです。最終的に神はこの世の出来事の上に立って、人間の歴史に起きるすべての事を裁きます。5節の所を見て下さい。「あなたは御座に就き、正しく裁き、わたしの訴えを取り上げて裁いて下さる。異邦の民を叱咤し、逆らう者を滅ぼし、その名を世々限りなく消し去られる。敵は全て滅び、永遠の廃虚が残り、あなたに滅ぼされた町々の記憶も消え去った。主は裁きの為に御座を固く据え、とこしえに御座に着いておられる。御自ら世界を正しく治め、国々の民を公平に裁かれる」と記されています。

 

【裁き主なる神】

唯一の全知全能の神はこの世を支配します。また、主は全ての事を見て、御自分が定めた時、人間の全ての行為を正しく裁きます。それは神の責任と役割です。ですから、私達は裁く事を神に任せる事が出来ます。必ずいつか悪を行う人は神によって裁かれますので、私達は人を罰する責任を取る必要がないのです。それは神の責任と役割です。

        

実は、この世での多くの争いと問題の原因は人間が勝手に神の役割と責任を取り、相手を裁き罰してしまいます。多くの時、その裁きが正しくない為、ただ争いをエスカレートする結果になり、問題がもっと深刻になります。主イエス・キリストはその事がよく分かりました。ですから、主はこう教えられました。「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤(はかり)で量り与えられる。」(マタイによる福音書7:12

        

【サウロ王に復讐しなかったダビデ】

ダビデはイスラエルの国王になる前に、サウロ王によって迫害をかなり受けました。サウロはダビデの人気とダビデが受けた神の祝福を妬(ねた)んで、彼を何回も追い詰め、殺そうとしました。しかし、神は常にダビデを守って、逃れる道を備えて下さいました。しかし、ある時、ダビデとその家来が密かにサウロのキャンプに入り、サウロを殺す立場になりましたが、サウロに害を何も与えませんでした。

何故なら、ダビデは神の主権を固く信じ、サウロの裁きを神に任せたからです。私達はダベデの模範として、相手を裁かないように神の助けを祈るべきです。

 

【岩の上の男の子】

ある夜、船が激しい暴風で難破し、生き残ったのは一人の男の子だけでした。その子は波のまにまに漂って、やっと奇跡的に岩の上に降ろされました。彼は一生懸命にその岩を掴んで夜明けに見付けられ助かりました。後で誰かがその子に聞きました。「岩の上に一晩を過ごした時、震えたか。」男の子はこのように答えました。「僕は震えたけど、岩は全然震えなかった。動かなかった。だから大丈夫だった。」

 

どうか、私達、神の御名を知る人は、不動の岩になって下さる主を掴んで、神に頼り、毎日の生活にダビデが示したような信仰を実行しましょう。(おわり)

        

 

 

 

 

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