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わたしの記念としてこのように行いなさい

ウイリアム・モーア

2008.7.20

 

コリントの信徒への手紙一11章23−26

◆主の晩餐の制定

 23:わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、24:感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。

 25:また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。26:だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。

          

【人違い】

数年前にアメリカの本国勤務の間に私は久しぶりに属する中会の会議に出席しました。宣教師として日本に来る為に20年前にその中会から離れましたので、見慣れた顔があまりありませんでした。しかし、会堂の向こう側にやっと一人のよく見覚えがある顔を見つけました。それは牧会した教会のドーリスと言う婦人でした。ドーリスの家に何回も訪問して、彼女の娘さんと孫までも教会に出席していました。私はその教会を辞任してからドーリスは長老になりましたので彼女はその日中会へ出席していました。ドーリスに会う為に私は彼女の方へ歩いて、「ドーリス、お久しぶりですね。お元気ですか」と挨拶しました。そして、ドーリスは私をよく見てこのように言いました、「シューフ先生、いったいここで何をするんですか。」ところで、シューフ先生は私がその教会に来る前の牧師でした。ですから私は、「ドーリス、私はシューフ先生ではありません。シューフ先生の後任モーアです。覚えているでしょう」と返事しました。しかし、ドーリスは私を信じないで言いました。「そんな事はない。確かにあなたはシューフ先生です。先生の事はよく覚えています。」会議が終わって、皆は帰る時、ドーリスはわざわざ私にやって来て言いました。「シューフ先生、是非近いうちに教会で説教の奉仕をして下さい。皆が会いたいと思います。」近くにいた牧師はその話を聞いて私に、「気にしないで下さい。ドーリスは最近ちょっとぼけて来ている」と言いました。

          

実は、そのように忘れられて、私はちょっとショックを受けました。何故なら、人によって覚えられたいからです。特に、親しくなった人によって覚えられたいのです。忘れられると、悲しくなりますね。

          

【主イエス・キリストの聖餐式制定】

主イエス・キリストも私達によって覚えられたいのです。特に、御自分が受けられた私達の救いの為の犠牲を覚えて欲しいのです。その故に主は聖餐式と言う礼典を制定して下さいました。

          

【聖餐式の意味と目的】

使徒パウロは今日の聖書の朗読をコリントと言う町に住む信者達に書きました。彼らは聖餐式の意味と目的を忘れ、主イエスの十字架での犠牲の重要性の理解も薄くなっていました。ですから、パウロは今日の個所でコリント教会に聖餐式の目的を思い出させて下さいました。間もなく聖餐を受ける私達もこの御言葉を聞く事によって、恵みがもっと豊かになると思います。

          

【聖餐の三つの目的】

ここで使徒パウロは聖餐の三つの目的を述べます。第一に、聖餐を通してイエス・キリストを記念し、聖餐を受ける事によって私達は、「主の死を告げ知らせるのです。」つまり、唯一の神の救いを齎したイエス・キリストの犠牲を皆に発表します。最後に聖餐式は私達の罪を悔い改めの機会になります。そして、悔い改めに伴って神の赦しが頂けます。

          

【その1:主イエス・キリストの記念として】

先ず聖餐を通して主イエス・キリストを記念して、私達の為の御自分の贖い死を覚え感謝します。聖餐はただ普通の食事ではないとパウロはコリントの教会と私達に教えて下さいます。聖餐によって主イエスの私達の為の命と死と復活を覚えます。パウロはイエスの言葉に基づいてこの大事な目的を告げました。23節の所を見て下さい。「私があなたがたに伝えた事は、私自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りを捧げてそれを裂き、『これは、あなたがたの為の私の体である。わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。また、食事の後で、杯も同じようにして、『この杯は、私の血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、私の記念としてこのように行いなさい』と言われました。」

          

罪の赦しを与えるキリストの贖い死】

私達人間はよく忘れる者です。小さい事だけではなく、大きい事も忘れてしまいます。主イエスの十字架の贖い死は私達の信仰の基本的な出来事です。何故なら、罪の赦しはそのキリストの犠牲に基づいているからです。その犠牲によって私達の造り主である神と和解され、救いと希望があります。もし主の贖い死を忘れると救いと希望がない訳です。だからこそ、聖餐式のパンと葡萄酒を通して、私達は主イエスの贖い死を記念します。第一に、聖餐式を行う事によって私達はイエス・キリストの死を新たに覚え、その言い尽くせない恵みを感謝します。

          

【その2:主イエス再臨の待望】

聖餐の次の目的は、26節に記された通りに、「パンを食べ、この杯を飲むごとに、主が来られる時まで、主の死を告げ知らせるのです。」やはり、聖餐を受けると、この世の皆さんに主の贖いを知らせます。また、証と信仰の告白になります。「主イエスの十字架の死は私の為だった」と自分と教会と皆に告白します。「その救いがなければ私は滅びに向かう希望のない人です」と更に宣言します。また、書いたように私達は「主が来られる時まで、主の死を告げ知らせるのです。」そのときが分かりませんが、主イエスは将来に再びこの世にいらっしゃいます。そうすると、聖餐式が行われなくなります。皆が見えるようにイエス・キリストはまた私達と共にいるからです。ですから聖餐を受けると、主の再臨を覚え、待ち望みます。聖餐の第二の目的は主の死を告げ知らせ、またキリスト信仰を告白し、再臨を待ち望みます。

          

【その3:悔い改めの機会として】

聖餐の最後の目的は私達に悔い改めの機会を与えて下さいます。28節を見て下さい。「誰でも、自分をよく確かめた上で、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです」と記されています。つまり、聖餐を受けながら自分自身を吟味すべきであります。自分の歩みを振り返って見て、神の助けによって罪を探す事です。そして、見つかると、その罪を悔い改め、神の赦しを心から求めるべきです。そうすると、神によって清められ、聖餐はよりもって大きな恵みになります。悔い改めと神からの赦しを受ける事は、聖餐のもう一つの目的です。

          

【聖餐の恵みに与る】

愛する兄弟姉妹、今日、聖餐を受ける時、是非第一に、あなたの為の主イエスの贖い死を覚え、感謝して下さい。そして、パンを食べ、また杯を飲むと、「主イエスの十字架の死は私の為だった」と新たに告白しなさい。最後に自己点検して、心から罪を悔い改め、神の赦しを新たに求めて下さい。そうすると、聖餐を正しく受ける事が出来、きっと大きな、大きな主からの恵みになります。(おわり)

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